「〜ひち とぅらーふん」ぬ 使い様や 難はぬめーぬ あいしが、わかーたぬ事ぬ あいとぅ、書ちゅかやーをー。
※しかっとぅ 研究ひち 確かみらっとぅし あらんとぅ、人 一人ぬ メモ書ち あてーに 考えてぃ とぅらーしんそーるわ。
沖縄口(名護言葉)ぬ「~ひち とぅらーふん」や、大和口ちや「してあげる」ぬばあとぅ「してくれる」ぬばあが あいさやーをー。
沖縄口んてぃや 話ぬ 流り ち、じるぬ 肝合がゑーら わかーいしが、大和口から沖縄口に、また、うぬ反対に、うぬまーま 直ふぬとぅきや 何がら いふーなーに なーいぬ ばあぬ あたんよーをー。
- 例
- 「菓子ぐゎー 買ーてぃ っちー とぅらーちゃん。」
→うりびかー 聞ちゃんてーん、「(自分が)買ってあげた。」が ゑーら、「(彼が)買ってきてくれた。」が ゑーら わかーらん。
- 「菓子ぐゎー 買ーてぃ っちー とぅらーちゃん。」
うり、何んでぃちが いふーなー ないんばあがやー、んでぃーし なんままでぃ わかーらんたんよーをー。
ゑしが、主語(誰が すーが)・目的語(誰んがてぃが すーが)に 目 付きてぃ 考えてぃ みっちゃとぅ、てぃーち わかーたんよーをー。
大和口や主語・目的語ぬ 変わーいねや、「〜してあげる」「〜してくれる」でぃち 言葉自体ぬ 変わーいとぅ、主語・目的語 無ん なちん(省ちん) 肝合ぬ 伝ーいさやーをー。
ゑしが、沖縄口ぬ「〜ひち とぅらーふん」ねや 主語・目的語が どぅーなーが ゑーら、他ぬ人が ゑーらぬ 差し分きぬ 無んとぅ、しかっとぅ 言らんきねや「誰がよー?」「誰んがてぃよー?」んでぃーぬ 話に ないんばー ゑーさやーをー。(話ぬ 流り ち 明らかな とぅきや 省ちん 済むぬ ぱじ。)
むしーか、他ぬ 琉球語 習ーとぅぬ 人んきゃーから しいねや、「うん如ーしや 当たい前る ゑーる!」んでぃ 言らーりーが すーら わかーらんしが、我にから しいねや、「あはー、あんる ゑてーさやー!」んでぃち「目から鱗(?)」る ゑーたとぅ、文章なち 残ーちゅくわる ゑーさ、んでぃち 書ちゃぬ ばーる ゑーびん。
うり、何でぃちが、なんままでぃ 誰がん 我ぬんがてぃ 習ーち とぅらーさんたがやーをー!
「〜ひち とぅらーふん」の使い方は難しい点がありますが、わかった事があるので書いておきます。
※ちゃんと研究して確かめられているものではないので、個人のメモ書き程度に考えてください。
沖縄語(名護言葉)で「~ひち とぅらーふん」は、日本語では「してあげる」のときと「してくれる」のときがありますね。
沖縄口では話の流れでどっちの意味合いなのかわかりますが、日本語から沖縄語に、またその反対に、直訳する際に何故か違和感が生まれることがありました。
- 例
- 「菓子ぐゎー 買ーてぃ っちー とぅらーちゃん。」
→これだけ聞いても、「(自分が)買ってあげた。」なのか「(彼が)買ってきてくれた。」なのかが判別できない。
- 「菓子ぐゎー 買ーてぃ っちー とぅらーちゃん。」
これが何故違和感が生まれるのか、今までわからなかりませんでした。
しかし、主語(誰がするか)・目的語(誰にするか)に 着目して考えてみたところ、ひとつわかったことがありました。
日本語は主語・目的語が変われば「〜してあげる」「〜してくれる」というように言葉自体が変わるので、主語・目的語を無くしても(省いても)意味が伝わります。
ですが、沖縄語の「〜ひち とぅらーふん」には主語・目的語が自分なのか他の人なのかの区別が無いため、名言しないと相手からすると「誰が?」「誰に?」となってしまうということのようです。(話の流れから明らかな場合は省いても問題ないと思います。)
もしかすると、他の琉球語学習者の方々からすれば「そんなことは当たり前だろう!」と言われるかもしれませんが、自分にとっては「なるほど、そういう事だったのか!」と、「目から鱗」だったので、文章にして残しておかなければ、と書いたわけです。
これを、何故今まで誰も「私に」教えてくれなかったのでしょう!


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